書家大井錦亭(おおいきんてい)さんの俳句です。2004年、喜寿を迎えられたのを記念して編まれた句集『歙州硯(きゅうじゅうけん)』の中の一句です。墨がその黒さを極めると、燃え上がる炎のようなまばゆい輝きを放ちます。それが厳冬に咲き匂う深紅の薔薇を彷彿とさせるのでしょう。黒と赤のあざやかな対比、闇と光の強烈なコントラスト、そして燃える炎の熱と真冬の凍てつく寒さとの劇的な交感が、わずか十七文字の中に描き出され、鮮烈な印象を与えます。そこに詠まれた世界の深さ、広がり、奥行きは、そのまま作者である大井錦亭さんの書の世界に通じます。
「書いて楽しい」――大井さんがよく口にされる言葉です。
1927年秋田市で生まれ、小学校に上がってすぐ書道が好きになり、戦後、北海道に渡って書家渡辺緑邦(わたなべりょくほう)のもとで書に没頭するようになった大井さんは、自分の若かりし日をふり返って、「書かずにはいられぬ日々であった」と述懐します。二十歳半ばにして、筆一本で生きていこうと志を立て、上京、すでに戦後書道界の大黒柱であった金子鴎亭(かねこおうてい)に師事し、61年日展に初入選を果たします。以後、日展22回連続入選、特選二回(83、85年)、毎日書道展文部大臣賞受賞(99年)、日展会員賞受賞(01年)、毎日芸術賞受賞(02年)と輝かしい経歴は続きますが、その根底にあるのは常に、書く行為そのものへの尽きせぬ愛情にほかなりません。
大井さんの全身に沸き立つ書くことの喜びは、より多くの人々とその喜びを共有したいという思いへ向かいました。71年には隆玄書道会を結成し、90年には書道の月刊誌「書冠」を発刊、子どもから大人まで誰もが書を楽しく磨き合うことのできる場を設けました。毎日書道展をはじめ主要書道展の審査員や評議員を長く務められて、93年には毎日書道会より功労者表彰を、近代詩文書作家協会より同じく功労者表彰を、それぞれ受けておられます。また、03年には『錦亭臨書精選』全六集を集大成して、中国古典の漢詩文を書としてわかりやすく解説するとともに、書の世界の深みを開示しました。
臨書を通して、楷書から行書、草書、隷書、金文、甲骨文など、さまざまな書体を書くことの意味を問われたとき、大井さんはこう答えています。「いろんな書体を書くのは挑戦だ。書いてみてはじめて、自分の才能がどこにあるのかがわかる。」
つまり、自分を知るためには、世界の多様さの中にどんどん入っていき、その一つ一つを自分の中に取り入れて、みずからを豊かにしていかなくてはならない、というのです。また、こうもおっしゃいます。「型にとらわれず、時にはすすんでみずからの型を崩すくらいのおおらかさが必要だ」と。書における自由とは、相異なるものの多様な個性を自分の中に生かしていくことなのです。
師鴎亭が先駆者となった日本語による近現代詩文の書は、中国の古典とちがって、漢字と仮名の格調高い調和を最大の課題としてきました。大井さんにとって書の調和とは、決して静止した見た目の美しさを意味しません。それは、漢字と仮名という相異なるものが互いに緊張をはらみながら一瞬一瞬のうちに調和を生み出す、ダイナミックな生命の躍動そのものを指すのです。現代社会の最先端を突き進んでこられた一流の財界人が、大井さんに座右の銘の揮毫を依頼されるのは、荒海の只中で指針を示す力に溢れた不動心をその書に見るからでしょう。漆黒の墨に光を見、真冬に匂う薔薇を感じ取る感性は、激動に身を投じて尚揺らがざる調和を知っているのです。
大井錦亭 profile
1927年秋田市生まれ。50年、渡辺緑邦に師事。53年、金子鴎亭に師事。61年日展初入選。71年隆玄書道会結成。83、85年日展特選。90年書道月刊誌「書冠」発行。93年毎日書道会より功労者表彰、近代詩文書作家協会より功労者表彰。97年毎日書道顕彰受賞。98年毎日展五十周年記念功労者表彰。99年毎日書道展文部大臣賞受賞。01年日展会員賞受賞。02年毎日芸術賞受賞、創玄書道会理事長就任。現在、創玄書道会副会長。日展会員。毎日書道会理事。全日本書道連盟副理事長。日本詩文書作家協会理事長。日本中国文化交流協会常任理事。財団法人全国書美術振興会常務理事。
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